明治の中ごろ、海辺にある安芸津の町で酒造家の三浦仙三郎が生み出した醸造法は、その後「吟醸造り」と呼ばれ、安芸津の杜氏によって全国に広められます。東広島市の中央にある西条は、高所にあって冬の仕込みに適した気候と地下水に恵まれ、大正・昭和の初めに「酒都西条」と呼ばれる一大銘醸地になりました。そして昭和の初め、ここで吟醸酒造りには欠かせない竪型精米機が生まれたのです。さらに市の北部の高原台地では、夏の昼夜の温度差と良質な水によって、質の良い酒米が作られています。
こうして東広島市のあちこちで、今も最高級の吟醸酒が造られ、春には市内にある酒類総合研究所で全国の吟醸酒の審査が行なわれ、秋には全国の酒を一堂に集めた酒まつりがJR西条駅周辺で開催されています。
現在の西条駅前を東西にのびる道沿いに、江戸時代には細長く連なる宿場町がありました。それが現在の「酒蔵通り」と呼ばれている町並みの元になった西国街道(旧山陽道)の「四日市」という宿場です。 宿場の中心には広島藩直営の「御茶屋」と呼ばれた本陣が置かれ、藩内の宿場の中でも最大のものでした。
「四日市」と呼ばれた宿場町時代の「御茶屋本陣」跡に建つ御門(再建)
江戸時代は街道に沿った東西に細長い町並みでした
明治の中頃、町は「西條」と名を変えて、町の真ん中に鉄道を引き込み、停車場(駅)をつくりました。これを機会に明治の終りから大正の初めにかけて、街道沿いにある商家が次々に酒造りを創めたのでした。大正の中頃には線路沿いの南側に、当時はまだ珍しい酒造会社が三つも誕生し、それらの醸造蔵が次々と建っていったのです。こうして赤い煙突が立並び、白壁の酒蔵が続く「酒蔵通り」の町が誕生したのでした。
酒蔵が並ぶ町並みの魅力
東広島市が誕生した1974(昭和49)年、明治大学・神代研究室が旧山陽道沿いの町並みを実測調査しました。この調査は、全国的にも珍しい8軒(当時)もの醸造元が軒を連ねる「酒蔵のあるまち」の価値、魅力を初めて東広島市内外に伝えるものでした。
なぜ、酒蔵地区で学術的な町並み調査が行われたのか
当時、建築の世界では「デザインサーベイ」という手法で、歴史的な街並みに注目し、その成り立ちや特性を見つけ出して新しいデザインに活かす取り組みが各地で行われていました。広島大学統合移転を受けて策定された「賀茂学園都市建設計画」のために東広島市西条を訪れた計画チームが、旧山陽道沿いの街並みや酒蔵群に注目し、計画の基礎調査の一環としての意味も含めて、デザインサーベイの第一人者だった神代雄一郎先生の研究室が調査を行いました。
当時、どんな建物があったのか
今は喪失してしまったものも多いのですが、宿場町等に見られる間口が狭く奥行きの長い平入りの町家に混じって、兜造りと呼ばれる風格のある妻入りの「小倉屋」(※1)の建物、裏通りにあった芝居小屋(映画館)「朝日座」(※2)と旧山陽道の間の路地の入り口を跨いで建てられた2階建ての建物(※3)、旧三津街道(※4)の上に雨よけのテントを渡した荒谷商店、白牡丹酒造延宝蔵と路地を挟んで建っていた荒井金物店-などがありました。
調査で分かった酒蔵地区の町並みの魅力は
調査から約半世紀。学園都市として発展する東広島市の玄関口としてその様相が日々変化する一方で、旧山陽道沿いの町家の建物は多くが姿を消し、駐車場やマンションが目立つ町並みになり、当時の面影を見つけることは難しくなっています。
しかし、西条のまちは、全国的にも珍しい7軒もの醸造元(蔵元)が軒を連ねる「酒蔵のあるまち」として、全国的に「酒都」としての東広島市が定着しつつあります。「酒まつり」の評判が高まるとともに、酒蔵通りの整備も進み、平日にも酒蔵通りを散策する観光客が年々増え、地元で生活する人々の意識を超えて新しい魅力を持ち始めているようです。
注
- 小倉屋 江戸時代の町家で1795(寛政7)年に建築され、平成9年に東広島市西条町下見に移築された。現在は「旧石井家住宅」として東広島市重要文化財に指定。料 一般150円、高校生以下無料 問 ℡082-421-6393(旧石井家住宅管理棟)
- 朝日座 「くぐり門」の南側に1925(大正14)年、映画の上映や演劇の舞台をもつ娯楽施設「朝日座」として開設。一帯は昭和の前半まで花街として賑わっていた。建物は、1995(平成7)年に火災で焼失。
- 現在の「東広島市観光協会・くぐり門」
- 東広島市中央生涯学習センター東側の道路
登録有形文化財と『日本の20世紀遺産20選』
東広島市西条の『酒蔵地区』は、多くの蔵元が1カ所に集中している点や酒蔵施設の色彩のコントラストはもちろん、地域に根ざした「酒まつり」など文化的な面も評価されています。
2017(平成29)年12月8日、ユネスコ世界遺産(文化遺産)の諮問機関である国際記念物遺跡会議(イコモス)の日本組織(イコモス国内委員会)が、日本国内における20世紀に建築・形成された文化的財を顕彰すべく「日本の20世紀遺産20選」を選定。酒蔵などが密集する東広島市西条地区の酒造施設群も選ばれました。
日本の20世紀遺産20選 (2017年12月8日発表/イコモス国内委員会) |
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1 | 上野恩賜公園と文化施設群(東京) |
2 | 国立代々木屋内総合競技場(東京) |
3 | 立山砂防施設群(富山) |
4 | 黒部川水系の発電施設群(富山) |
5 | 瀬戸大橋(香川) |
6 | 青函トンネル(北海道、青森) |
7 | 舞鶴の海軍施設と都市計画(京都) |
8 | 南禅寺界隈の近代庭園群(京都) |
9 | 隅田川橋梁群と築地市場他を含む復興関連施設群(東京) |
10 | 迎賓館赤坂離宮(東京) |
11 | 聴竹居(京都) |
12 | 箱根の大規模木造宿泊施設群(神奈川) |
13 | 肥薩線(旧鹿児島本線)(熊本、宮崎、鹿児島) |
14 | 鶴岡八幡宮境内の旧神奈川県立近代美術館(神奈川) |
15 | 有田の文化的景観(佐賀) |
16 | 旧朝倉邸と代官山ヒルサイドテラス(東京) |
17 | 小岩井農場(岩手) |
18 | 西条の酒造施設群(広島) (20世紀に継続発展した伝統産業景観の代表) |
19 | 東海道新幹線(東京~大阪) |
20 | 伊賀上野城下町の文化的景観(三重) |
番外 | 広島平和記念資料館及び平和記念公園(広島) |
JR西条駅南側一帯の酒蔵地区にある酒造施設群は、明治、大正期の土蔵などが建ち並び、その多くが酒造りに関係する国の登録有形文化財に指定されています。東広島市内の登録有形文化財(建造物)は85件(平成30年11月2日現在)で、そのうち酒蔵地区は73件(酒造関連施設71件、土蔵1件、住宅主屋1件)が存在します。ほかに登録記念物も1件(前垣庭<寿延庭>)あります。
昭和49年 | 明治大学工学部建築学科 神代研究室 町並み調査 |
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50年~ | この頃より商店街の衰退が著しくなる |
63年 | 西条てくてくマップ作成(東広島JC) |
平成2年~ | 現行の「酒まつり」が始まる |
3年 | 日本ナショナルトラストの町並み調査「西条四日市と白市」 |
9年 | 東広島市観光協会による酒蔵通り活性化事業始まる |
10年~ | ボランティアガイドの会・酒蔵のまちてくてくガイド開始 |
13年~ | まちづくり・暮らし織り人「西条四日市」(月1回)始まる |
14年7~10月 | 西条酒蔵ライトアップ大作戦(酒蔵通りふぁんくらぶ) |
14年9月 | 酒蔵地区まちづくり協議会設立 |
15年~ | 酒蔵ごとに仕込み水の井戸を設置開始 |
17年~ | 「ようこそ醸華町西条」開始。~散策道美装化 |
21年 | ポケットパークの整備 |
22年 | 酒蔵地区のマンホールデザイン募集。23年に設置 |
23年 | くぐり門開所(西/酒蔵通り観光案内所、東/くぐり門珈琲店) |
24年 | 国交省平成23年度手づくり郷土賞(大賞部門)に選定 |
27年 | 観光協会酒蔵ライトアップ開始 |
28年~ | 本格的なライトアップ設備設置(煙突、白壁) |
28年 | 芸術文化ホールくらら開所 |
28~29年 | 酒造関連建造物が登録文化財(建造物)に |
29年 | 日本の20世紀遺産20選に選定 |
30年 | 日本遺産申請 |
酒蔵地区での主な動き